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書ければ良いので

Musical 「SMOKE」

Musical 「SMOKE」(2021年8月28日-10月3日浅草九劇、2021年10月15日-10月17日シアタードラマシティ)

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 コロナ禍は価値観の違いを浮き彫りにさせた。新たに生み出されたものや単純な損得で語れないものを得られた一面もあるかもしれないが、特に初期においてはなんとなく目を逸らして上手くいかせていたものをどんどん分断させていったと思う。その過渡期に投げつけられた物の打ちどころが悪く、2020年から2021年にかけて、私の心は細く開いた水道管のように血を流し続けていた。

 2021年の8月から10月、ロングラン公演のうちの1公演。ある日、軽い気持ちで劇場でにふと彷徨い入った私は90分間の演劇にすっかり心を救われることになる。

 劇場にはあらすじも題材も全く調べず足を運んだ。にも関わらず、冒頭から台詞の一つひとつが自分の心情と寸分違わず重なり、幕が降りるまで涙に溺れ続けた。例えるならば「心に空いた錠にぴったりはまる鍵と出会った」とか「病状を言い当てオーダーメイドの適切な処方箋を与えてくれる医師に会えた」とか形容したかった。ふと立ち寄った酒場で運命の恋人に出会ってしまったようだった。

 劇場から出るとこの1年の苦しみが嘘かのように世界が輝いて見えた。タブロイド紙大のパンフレットを胸に抱き、スローモションで動く街の雑踏を早足で歩いた。「これは私の物語だ」と強く強く思った。今思うと、おこがましくもそう感じるほど、SMOKEは個々の心の根源に存在する情動とか熱とかに訴えかけてくる作品なのだと思う。構成や展開は少し複雑かもしれないが、人間が求める普遍的な欲求やそれに対する懊悩がありのままに描かれている。

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 SMOKEは「李箱」という韓国の天才的な詩人の生涯を題材にしている。彼は日本が韓国を植民地にしていた時代に生まれ、数々の詩を生み出した。彼が作る難解な詩は周囲からの評価を二分し、恐らくはおおよそ理解を得られなかったのだと思う。最期に日本に渡った彼は思想不穏の嫌疑で西神田警察署に収容されたものの、肺病の悪化のため取り調べ不能となり釈放され、東京帝国大学附属病院で息を引き取った。舞台の場面は李箱が置かれたこれらの苦悩や絶望の心境描写から始まる。何重にも奪われ、それでもなお自身の創作を葛藤しながら続けた彼の姿が描かれていた。

 SMOKEは3人舞台である。ただし、これらの人物がどのような関係性であるのか、3人がいる場所がどこなのか、そういったことは最初は明かされない。正確に言うと「最初から明かされているもの」では辿り着けないところにこの作品の本質がある。そこへ辿り着くまでにもがき、苦しみ、ぶつかり合う。着地点が予想できないほどにもがいた先に飛翔が待っている。

 作中では「アダリン」や「アスピリン」といった薬品名がたびたび出てくるのだが、似ているようで薬効の違う2つの薬品。これらが象徴するものに私たちは振り回され、力を与えられ、生きている。

・アダリン
ブロムジエチルアセチル尿素の商標名。微苦味を有する白色無臭の結晶性粉末。睡眠薬。鎮静剤。(https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%B3-425373

アスピリン
アセチルサリチル酸の別名。1899年以来用いられている,すぐれた解熱鎮痛剤の一つ。(https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%B3-25569
 私は死ぬ時は言葉に殺されたい。これまで好き勝手に言葉を道具として使ってきた報いを受けたい。その時、私にとって文章を書くことはきっとアダリンでもアスピリンでもなくなっているのだと思うけれど(そもそもSMOKEという作品自体、人によっては特に薬効をもたらなさないと思う)、何も感じなくなり、無味乾燥になった心にとどめを刺すのは焦がれ続けてきた「言葉」がいい。言葉の力強さや瑞々しさへの信仰を続けてきた自分にとって、きっとそれが一番の幸福な最期だと思う。

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 2024年にロングラン上演が決定しました(https://musical-smoke.com/)。公式サイトでは核心に触れないあらすじやクリエイター陣のコメントを読めるので見るだけでも是非。

 現在オーディション開催中ですが、一次審査の課題に痺れます。ここに既にSMOKEのエッセンスが詰まっている。


Musical SMOKE for J-LOD LIVE 2
まずは映像審査で1分半程度1曲、
「第一声から100度の沸点で自分の情熱を表現できると思う歌唱」を自身で選び、歌ってください。

 

2023.1.31記